『ツレがうつになりまして。』の著者 細川貂々さんインタビュー

2014年 7月 8日

うつ病と闘う夫を愛とユーモアで支える日々を描き、大ベストセラーとなった「ツレがうつになりまして。」の著者、細川貂々(ほそかわてんてん)さんに、同じ立場のご家族にアドバイスをいただきました。

【プロフィール】

細川貂々さん

1969年生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、漫画家イラストレーターとして活躍。著書に『ツレがうつになりまして。』『その後のツレがうつになりまして。』『どーすんの?私』『タカラヅカが好きすぎて。』など多数。

『ツレがうつになりまして。』(幻冬舎)

細川貂々公式HP「とかげのしっぽ」

 

自分たちとうつ病は全く無関係だと思っていたのに

うつ病がどんな病気なのか全然知らなかったのと、自分たちとは全く無関係だと思っていました。だから、うつ病と診断された時は、どうしてこうなっちゃったのかという戸惑いがありました。ですが、当初は病院に行って薬をもらえば治るだろうと、病気というのはそういうものだと思っていました。

 

うつ病はすぐ良くなる病気ではないと気づく

薬を飲み始めて、2週間たたないと効果ができないと言われていたのですが、その2週間でどんどん弱っていくという感じでした。頭が白くなっていって、顔が茶色くなってもうこのまま死んでしまうのではないかという状態になって行きました。薬を飲み始めて2週間したら効いてきたと言い始めて、ああ、じゃあこれで良くなっていくかなと思いました。

当時、ツレはまだ会社に行っていました。薬が効いてきても会社がつらいっていうのは変わらないので、会社を辞めて療養生活に入れば、症状は改善していくだろうと思っていました。でも、実際会社を辞めても良くなりませんでした。そのあたり(治療開始2か月後くらい)から、うつ病がすぐ良くなる病気ではないということに気がつきました。

 

先の見えない不安や苛立ち

仕事を辞めたら一日中家で寝ているような感じになって、それが一か月くらい続きました。桜の咲く4月頃に起き上がれるようになったけれども、今度は「自分はダメだ、自分はダメだ」と、愚痴ばかり言うようになりました。

経済的には失業保険の申請をしたので3か月すれは失業給付が出ます。それと退職金がちょっとと貯金があったので食べてはいけるという意味で経済的な不安はそれほどなかったです。自分が仕事を探して収入を増やせば何とかなるのではと思っていました。私は一度も病院に行ったことはなく、いつもツレの自己申告に従っていたので、今日は調子がいいと言えばああそうなんだと、悪いと言えば、ああそうなんだと思っていました。ただ、病気に関しては一向に良くなる気配はないなと感じていて、この先どうなっちゃうのか、いつになったら元気になるのかなという不安というか苛立ちを感じていました。

 

もう大丈夫と思えた瞬間

我慢はしないけど気をつけようと思ったのは自分が気軽に口に出した言葉でツレがすごく落ち込むときがあるんです。そういう時は自分が何を言ったのか思い返して、「ああ、これに反応したんだ。」という事はその後は言わないようにしていました。私がイライラしたり落ち込んだりするとツレが同じようになってしまうので、ツレの前ではそうしないようにしていました。その都度その都度対応して、反応を見て、対応の仕方を身に付けていく感じでした。

一番不安だった時は、ツレが会社を辞める直前でした。会社から帰って来る度に今日も電車に飛び込めなかったと言っていたのです。自分ではどうしようもなかったので、家で待っている昼間に電話がかかってくるとああ、とうとう飛び込んだかもしれないと思っていたので、その頃が一番精神的につらかったですね。会社を辞めるまでは解決しなかったので、会社を辞めたらすごくほっとしました。

これで安心かなと思ったのは薬をやめる直前なのでうつ病と診断されて2年10か月くらいたった頃ですね。うつ病が良くなっているのかどうか自分には分からないし、判断できないので、ツレに言われるがまま対応していました。ある時、ふと「そういえば薬飲んでいるの?」とツレに聞いたら「そういえば忘れてたよ〜。」と返事が返ってきました。私から見ていてもツレは普通だったので、「次、病院に行くときにそのこと先生にいったら?」と言いました。そして先生からは「ああ、じゃあもう大丈夫だね」と言ってもらえたのです。うつ病は再発率の高い病気だと聞いていたので、その後もお守りのように薬はもらっていました。だからもう大丈夫と本当に安心したのは、本当に数年前ですね。寛解して5年くらいたってからだと思います。

 

細川貂々さんが心がけていた事

①   受け止める。楽にさせてあげる。

はねつける訳にはいかないので、受け止めるしか方法がないと思うのです。自分がどう動いたらいいかを判断していかなければならないので、受け止める事が大切ではないかと思います。もちろん、受け止めても反発されることもあります。反発されたことも「こうするとこう出るんだ」と受け止めて次の対応に生かしていきました。

うつ病は波があるので、今まで出来た事が、今度は出来なくなるといった感じでコロコロ変わります。「昨日は出来たのに今日はどうしてだめなの?」となってしまうと本人にとっても良くないし、自分もストレスになります。だから、周りの人もそういうものだと思って接しないとつらくなってしまうので、その都度その都度対応できるようにしておいた方がよいと思います。あと、本人はかっこつけたがるというか、つらくても平気な顔をして無理をしていることが多いので、それをなるべくさせずにどれくらい楽にさせてあげられるかも大切だと思います。

②   上を目指さない。

上を目指さないというのは「期待をしない」という意味です。ツレがうつ病と診断されて半年くらい経った9〜10月頃のことです。その年は毎週のように台風が来たのです。ツレは低気圧がくると落ち込むんですね。最後の方は台風が発生しただけで落ち込むようになりました。「多分台風ができたと思う」と落ち込んでいて、天気予報を見ると本当に下の方に低気圧ができている。予報ができるくらい敏感になっていて、台風が過ぎると元気になるんですね。その繰り返しで、これは自分じゃどうしようもないし、本人はそれに一喜一憂しても良いけれど、それで周りが振り回されるのは良くないと思うようになりました。うつ病の治療が始まって最初のうちはいつか元気になるといいなあと思っていましたが、そういう期待をするのはやめることにしました。調子がよくなったよ、悪くなったよと言われることで私が喜んだり悲しんだりするのはやめようと。相手に対して「元気になってくれればいいな」というのは期待なので、それはやめようと思いました。

本人に負担になるような期待はそれを口に出すだけで本人の負担になるんです。だから本人にはその期待を伝えないようにしていましたが、口に出さなくても期待を持っているとそれが満たされない自分が苦しみます。自分が苦しんでいたら、見守れないなと思いました。だからうつ病が治るということをあきらめました。そうすると先の見えない不安というのもなくなりました。このまま二人で暮らして老後を迎えても何も問題はないから。このままでいいじゃない。治らなくてもいいじゃないとツレに言いました。この時、ツレがどう思っていたのかは分かりませんでしたが、後々聞いてみたら「すごくうれしかった」と言っていました。

③   自分の世界を持つ。

一緒にいると大変なんです。黒いオーラがあって。一緒にいるとこっちまで落ち込んでしまうんです。最初のうちは隣で一日中一緒に寝ていたんですが、ある時、何やっているんだろうと思うようになりました。

同じ部屋にいてはいけないとふすま一枚隔てた自分の部屋にいって自分の世界は確保するという事をしていました。本を読んだりテレビを見たりしていても、どうしても暗さというか黒さが気になってダメなので、そんな時はふすまを「閉めるよ」といって自分一人の世界を作る。それなら一緒の家の中にいても苦痛はないですし、何かあったら呼びかけてもらえるからすぐ飛んで行ける。そういう距離をもっていました。

④   オープンにする。周りに相談する。

私はツレがうつ病と言われた時点でご近所、友人、家族といった周りの人にツレがうつ病であることを言いました。誰に相談したらいいか分からないからこそ、みんなに言わないとと思ったのです。ツレ本人は「あ〜、言っちゃったよ。」と思ったらしいです。でも、近所の人にも言っておいたので、昼間に外を歩いていても、話をしているのに急に具合が悪くなって帰って行ってもそれを理解してくれていましたし、私の実家に帰れないのも、電車に乗れないから仕方ないよとか、事情を知っている近所のお蕎麦屋さんには出かけられたりとか。病気になると明らかに今までと違うので、それを自分一人で隠しておくのはとてもじゃないけど無理です。外にいって心無いことを言われたらどうしようと思ったりしますが、周りが知っていればそういうことはありません。あと、家族の中だけでなく、外でも自分を受けて入れてくれる人がいるのは本人にとって安心できる事だと思います。

⑤   本人が苦手な相手と会わせないようにする。

運動すれば治るんだとか精神論を言うような人がいると、本人がものすごく落ち込んで回復するまでに時間がかかるんです。だから、そういう人には会わせないように私が仕向ける。それは一生懸命やりました。

 

ご家族へのアドバイス

①   自分を一番大切にしてください。

私はいつもご家族の方にアドバイスをと聞かれたらまず「自分を一番大切にしてください」と言っています。自分がくじけたり、病気になったら相手を守ることができないからです。その状況の中でも、自分がどれくらい楽しめるか、自分が別の場所で気分転換できる何かを持つという事がすごく大切だと思っています。自分の元気がなくなった時には自分の好きな事をしてエネルギーをチャージします。私の場合はそれが韓流ドラマを見ることや、骨董市に出かけることでした。その状況の中でも自分として生きていけるか、楽しめるかというのを考えながらやっていった方が良いと思います。うつ病は本当にいつ治るかわからない病気なので、ずっとこれを付き合っていくんだというつもりやっていかなければいけないから、「楽しんじゃえ」というのは必要です。

②   接し方は普通でいい。ただ落ち込ませないように注意。

普通でいいと思います。うつ病だからといって腫れ物に触るようにしたり、いつもと違う感じで特別扱いされるのは嫌だと思うので、なるべく普通でいいと思います。ただ、普通に接していてもどうしても相手を落ち込ませる原因を作ってしまうので、落ち込ませないようにするにはどうしたらいいか反応をよく観察して対応していく。それさえ分かっていれば、相手にムカッとすれば「ムカッとするんだよそれは」と言ってもいいと思います。こういう時は、お互いの関係性をわかるチャンスでもあると思います。そんな風だとは知らなかったとか、やっぱりそういう人だったかという感じでお互いをどれくらい分かっていたかがすごく出ます。そういうのを自分たちはどっちかなと思ってみるのもいいかもしれませんね。私は元々マイナス思考でなんでも悪い方向に考える方でした。でも、この状況の中で、ある時ふと、マイナス思考ではダメ、自分から変わらないといけないと思いました。マイナスの気持ちをもつのをやめようと決意し、やめると気楽になれました。

うつ病に限らず病気の事をマイナスに考える人が多いと思います。でも、病気は誰でもなる事なので普通の事だと考えてほしいと思います。病気になると、自分が悪かったんじゃないか、食事が悪かったんじゃないかと原因探しをしがちですが、過去の事を言っても変わりません。だから、あれこれマイナスに考えるのではなく、受け止めて次にどう繋げるかだと思います。だから周りの人も病気になったからといって後ろ向きに考えるのではなく、病気は一度立ち止まって、前に進むための原動力になるものだととらえてほしいと思います。実際ツレはうつ病を経験したからそれまでの仕事の仕方を見直して、自分にとって自然で楽な道を選びました。病気の経験はこれまでの自分を振り返り、この先どう生きていくか考えるきっかけになると思うのです。

 

 

Categories: 家族の体験談

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