(うつ病体験談)41歳 男性 経営企画

2015年 1月 16日

ご本人のプロフィール
41歳 男性 経営企画(現職)、プロジェクトマネジメント、コンサルタント(前職)

2008年34歳の時にうつ病と診断を受ける。2度の休職を経て退職。

アルバイト、パートタイムの仕事を経て、現在は再就職した企業の経営企画部門責任者

着実にキャリアを積み上げていく中で体調異変。そして転職・結婚

うつ病と診断されたのは今から約7年前の2008年初頭ですが、その前の2005年ぐらいからちょっと変だなと感じる事があって会社でのメンタルへルス相談などを利用していました。そもそもその「変だな」と思い始めたきっかけはプライベートで今までに体験した事のないショックな出来事があり、そこから気分がドヨンとした感じがずっと続くようになり、それまで何気なくやっていたことも躊躇しがちで、思い切りが悪くなりました。

仲良くさせていただいている大学の先輩がうつ病になられたことがあり、うつ病に関して抵抗感も人よりは低く、病院へ行こうと思ったこともありましたが、心療内科は初診でも予約制で、会社近くや近所の心療内科では2週間待ち。時間がかかるのでだましだまし仕事をしていました。

とはいえ、仕事は順調でした。様々な仕事を任され、自分から手を挙げ、社内の主要部門に異動し、日本とアジアを中心とした海外案件など、バリバリ仕事をしていました。最初の会社は大学卒業後10年弱在籍しましたが、海外勤務も経験、外資系ということもあり、同期と較べても昇進は早く、部下が全員先輩、年輩者ということもありました。それでも仕事が物足りなくなったのと、ドヨンとした気分の原因が会社・仕事によるものかとも思っていたので転職を決意。退職届を出した時点で正式に転職先は決まっていなかったのですが、有給休暇や代休がたっぷりあったので退職までに1月半ほど有給消化期間があり、その間に何とかなるだろうと思っていました。実際にその間に複数の内定を得てコンサルティング会社でアウトソーシングの新規案件を担当する仕事を得ました。以前の会社での実績が評価され、サラリーや待遇などは前の会社より非常に厚遇でした。また同じタイミングで結婚もし、新たな責任というか、こうあるべきといった個人的な思い込みが強くなりました。

転職による仕事の変化で徐々に体調が悪化。結局退職することに

入社してみると、以前とは仕事の質とスピードの違いに戸惑いました。新しい仕事は、案件のマネジメントに加え、企業の機密情報を扱うため、人に任せることが出来ず、データを扱う作業も自らがやる必要がありました。前職では作業は人に任せていたため、エクセルなどを使った作業に慣れておらず、慣れている人よりかなり時間がかかりました。加えて、以前の会社では月単位で行っていたような事を1週間、もしくは数日で仕上げるという今までに経験したことのない激務でした。

入社して半年が過ぎた夏頃にアサインされた仕事の難易度が高く、キャリアの中で初めて仕事を頓挫するという経験をし、大きなショックを受けました。その年の11月くらいに調子が悪くなって初めて病院に行きました。結婚を機に引越しをしていたのですが、近所に予約なしで診てくれる心療内科があり、初めて心療内科を受診しました。処方された薬を飲んだところ、すごく気分が上がりました。逆にその薬の効果が怖くて病院へは行けなくなってしまいました。

しかし、調子は良くならず1月の終わりに再診し、うつ病(正確には『抑うつ状態』)という診断書を出され、休職することになりました。7か月ほど休んで復帰して、負担の高くない仕事から始めましたが、一度崩した体調はなかなか回復せず、1年後再度休職、その後1年ほどの休職を経て退職しました。

再就職の困難の先に新たなチャンス

退職後は健康保険や会社が加入していた保険の補償で一定の収入はありました。就職活動の際にはうつ病で休職した経験がある事もきちんと伝えて、それでもいいと言ってくれる会社もありましたが、なかなか仕事は決まりませんでした。その間はとにかく何でもいいから仕事をと、いろんな会社でアルバイトなども行いました。そのときも本調子ではなく、忍耐力が続かず、仕事を休まざるを得ない時もありました。

そんな時に、妻に目をかけてくれている会社の社長からうちの会社で働かないかという声をかけていただき、最初はパートタイマーみたいな感じで働き始めました。調子が悪く、会社を休むこともありましたが、その間の仕事を認められて今は正社員になって働いています。もうすぐ2年になります。

正社員でも収入は前職の半分近くになりました。ですが、経営企画部門として会社全体のことを考えて経営陣と一緒に仕事をするという経験は今までの仕事ではできなかったことです。だから、収入が下がった分は、新しい経験をする『授業料』と考えています。

今の会社で期待されている役割は、簡単に言うと、全社的な業務改革と新規事業開発です。うつ病でのブランクがあったので最初は自信がなかったのですが、仕事にも手応えがあり、やっと最近になって以前の元気だった頃に戻ってきているように感じています。こうやって本格的に仕事を再開してみると、自分は構想を描き、人を巻き込んで仕事を進めていくのに向いているのかなとあらためて思い直しています。今は自分のペースで仕事をコントロールできるので無理を重ねてうつ病をぶり返す心配は少ないとも感じています。今の案件も自分で企画して、若手に仕事を任せながら人材育成も兼ねています。指導した若手が経営会議でのプレゼンテーションを緊張しながらもやり遂げて自信をつけていく姿を見ているとやりがいも感じます。1年以上かかる大きなプロジェクトですが、全社員を巻き込んでぜひ軌道に乗せたいと思っています。

自分がうつ病になるまでは、うつ病はなまけや甘えや弱さによって起こるものだと思っていました。今でもそうで、自分は実際に怠けたかったのかもと思うこともあります。うつ病って経験しても未だによく分からない病気です。ただ、退職後、何も出来なかった時期やアルバイトを経て、こうやって自分の力が発揮できそうな仕事につけた経験を振り返ると、不安に思いながらも色々模索してきた結果なのかとも思っています。うつ病がきっかけで思うような仕事に付けず悩んでいる人はまず何でもいいからやってみたらいいのではないでしょうか。そこから必ず何かが開けてくると思います。

大きな支えとなった周りのサポート

もちろん、これは自分の力だけではなく、妻をはじめとした周りのサポートがあったおかげです。自分の体調が悪い間は妻も大変だったと思います。大喧嘩をしたこともありますが、マイペースを保っていい距離感でいてくれています。また両親をはじめ、古くからの友人、普段仲の良い飲み仲間などいろんな人がその時々に助けてくれました。以前の職場の人も迷惑しかかけていないにも関わらず、今でも気にかけてくださっています。本当にたくさんの人に支えられたという思いが強いです。自分は恵まれている、本当にラッキーだと思います。それまでは、歯に衣きせぬ物言いで人との関係を切ってしまうこともありましたが、今回の経験で普段の人間関係の大切さに改めて気が付きました。むしろ自分と逆の考え方の人は自分にはない視点で意見を持っているので自分自身バランスが取れるようになりつつあるように思います。そう考えられるようになったことは進歩です。

人生やっちゃいけないことはあるけど、やらないといけないことは何一つない

最後にこれはうつ病になってから強く思うようになったことですが、『人生やっちゃいけないことはあるけど、やらないといけないことは何一つない。』ということです。やらないといけない、こうでないといけないと思うことが様々な焦りなどに繋がると思いますので、いい意味で達観・諦観することも必要ですし、いい意味で逃げることが出来ると思う心の余裕も必要だと思います。