治療にある程度の時間を要するうつ病。その過程で、自分の今の治療法が妥当なのか不安に思う方も多いようです。そのような時にはどう対処すればいいのか、
北里大学精神科教授の宮岡等先生に伺ってきました。
うつ病の診断手順と治療法
病気の診断が正しくなければ、治療が妥当かどうかは判断ができません。まずうつ病の診断はどのように行われているのかを説明します。診断の手順はまずうつ病の可能性があると症状があるか(うつ状態)を判定し、症状がある場合、患者さんのその他の情報を加えてどのタイプのうつ病かを見分けます。タイプを見分けるのは、タイプによって治療方法が違うからです。
次にうつ病の一般的な診断の手順と治療方法についてそれぞれ説明していきます。
① うつ病かどうかの判定
うつ病には必ずうつ状態[i](ゆううつな気分が強い)の症状があります。(表1)そのうつ状態があることを問診で確認し、その他の情報(症状の特徴、合併する身体疾患、性格傾向など)を加えてどのようなタイプのうつ病か診断します。
表1 うつ状態で見られやすい症状
自覚症状 | ゆううつ感、悲哀感、不安感、イライラ感、不眠、好きなこともやる気にならない、集中力低下、些細なことへのこだわり、悲観的な考え方、自責感、自殺念慮、自殺企図 |
他覚症状 | 表情が暗い、反応が遅い |
身体症状 | 全身倦怠、疲れやすい、食欲低下、性欲減退、様々な体調不良 |
② うつ病のタイプを見分ける
うつ病には大きく分けて以下の3つのタイプがあります。最近はこのようなタイプ分けを使わないこともありますが、うつ病を理解しやすくなると思いますので、説明します。
A) 身体に明らかな原因が認められるもの(身体因性)
B) 原因のはっきりしていないもの(内因性)
C) 性格や環境に起因するもの(心因性)
うつ状態にある患者さんを見るときに診断を考える順はA)→B)→C)です。A)でなければB)、B)でなければC)という順番です。(表2)これは早期に発見しなければ深刻な事態に陥りやすい順番とも言えます。たとえばA)の身体疾患悪化の早期徴候は見逃してはだめだし、B)のうつ状態はC)のうつ状態に比べて重症になりやすく、自殺や事故につながりやすいからです。
最近は、誰かがうつ状態になったとなると、A)、B)を検討せず、すぐにC)であると考える傾向がありますが、これは誤りです。正しい診断・治療のためには正しい手順で判断していくことが必要です。
表2 うつ病のタイプを見分ける手順
A)身体に明らかな原因の認められるうつ状態 | 1)中枢神経疾患によるうつ状態 脳器質性うつ病(脳梗塞、脳腫瘍など) 2)身体疾患の中枢神経系への影響によるうつ状態 症候性うつ病(膠原病など) 3)中毒性物質、薬物によるうつ状態 中毒性うつ病(覚醒剤など) |
↓当てはまらない場合
B)原因のはっきりしていないうつ状態 | 1)内因性うつ病にみられるうつ状態 2)躁うつ病にみられるうつ状態 3)統合失調症にみられるうつ状態 |
↓当てはまらない場合
C)性格や環境に起因するうつ状態 | 神経症性抑うつ、反応性抑うつ |
ちなみにB)の内因性うつ病というのが、いわゆる典型的なうつ病です。この診断には、表3の症状の有無を問診で確認します。特に下線のついたものに当てはまれば内因性うつ病の可能性が強いとされています。ただし、重症の場合は、一日中具合が悪かったり、一晩中眠れなくなったりという事があるので注意が必要です。
表3 内因性うつ病の診断に有用な症状
① 抑うつ気分(朝悪く、夕方から夜軽快することが多い) ② 興味、喜びの著しい減退 ③ 体重減少、食欲減退(時に増加) ④ 不眠(早朝に覚醒しやすい)、または睡眠過多 ⑤ 極端な意欲の低下で動きが乏しくなる、あるいは焦燥感 ⑥ 疲れやすい、気力の減退 ⑦ 無価値観、罪責感 ⑧ 思考力、集中力の減退 ⑨ 自殺念慮、自殺企図 |
③ うつ病のタイプ別治療方法
うつ病のタイプを見分けたら、それぞれのタイプにあった治療を進めることになります。タイプ別の標準的な治療法と抗うつ薬の使用、精神療法を以下に示します。
身体因性 | 内因性 | 性格・環境に起因 | |
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治療法 | 身体が原因なので身体疾患の改善や原因であることが疑われる薬剤の中止や変更が治療の第一です。その上でうつ状態の改善のために、抗うつ薬を使用することもあります。 | 特別な治療をしなくても寛解することが多いと言われます。期間は様々ですが、2年以内が多いようです。ただし、自殺には注意が必要です。抗うつ薬などの適切な治療を行えばより短期に寛解に達します。しかし再発する可能性があり、寛解後も適切な維持療法を行うことによって再発率は減少します。 | 性格環境要因の改善に努めることが重要です。 |
抗うつ剤の使用 | ■種類 症状によって利用する薬剤の種類は違いますが、同時に2種類以上の抗うつ薬を併用することはできるだけ避けます。また、抗うつ剤は効き始めるまで7~10日ほど要します。 ■期間・量 内因性の場合は3~6か月で寛解に達することが多いと言われます。よくならない場合、薬剤の増量や変更を検討します。寛解後、抗うつ薬はすぐには減量せず、さらに4~5か月かけて漸減、中止しますが、この期間はうつ状態の期間の長さや過去にうつの時期があったかによって変わってきます。 |
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精神療法 | 身体的な病気であり、「なまけ病」や「気の病」とは違うことを説明する。
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④ 治療法に疑問がある時にはセカンドオピニオンを
患者さんやご家族から現在の治療についての不安や疑問の相談を受けることがあります。そのような時は主治医以外の医師に意見を求めるセカンドオピニオンを検討しても良いと思います。以下にセカンドオピニオンを受けた方がよいと考えるパターンを治療段階別に説明します。「こういう時はその治療が好ましくない」ということではなく、「あくまで他の医師の意見もきいてみてほしい」という意味です。
■初めて精神科にかかった時
①最初から同系統の薬剤が2種類以上処方されたとき。
精神科の薬はうつ病に用いる抗うつ薬、気分の変動が激しい場合に用いる気分調整薬、統合失調症に用いる抗精神病薬、不安などに対して用いる抗不安薬、不眠に対して用いる睡眠薬などに分かれます。それまでうつ病の治療を受けたことのない患者さんに同じ系統の薬をいきなり2種類以上処方しなければならない事は通常ありません。
②治療法は一つしかないかのように説明された時
うつ病に限らずどのような精神科の病気であっても、「治療法はこれしかない」でなく、いくつかの治療法の可能性が提示され、患者さんが医師の意見を聞きながら治療方針を決めることになります。一つの治療法、例えば薬物療法を中心に治療を行うにしても、他の治療法、例えば環境調整や家族の対応などに何らかのアドバイスが必要なことが多いと思います。「治療法はこれ以外にない」と受け取れるような説明があったら他の医師の意見を聞いてみることを検討したほうが良いでしょう。薬物療法だけでなく他の治療法でも同様です。
③夜間や休日は対応できないと説明されたとき
「診察していない時間に具合が悪くなったらどうしたらよいか。」という質問に対して「対応方法がない」「その医療機関との特別な提携関係のない医療機関や公的な精神疾患救急システムへの連絡しか方法がない」が回答であれば、医療機関を再考したほうが良いかもしれません。
② うつ病という診断と説明に対して
うつ病はうつ状態になる前の性格傾向や生活環境はどうか、うつ病以外の精神症状がどの程度あるのか、これからの治療で家族や会社の協力をどの程度得られるかなどを慎重に評価しなければ、うつ病と診断される状態が抗うつ薬でどの程度治るかどうかの判断はできません。治療方法を決めるための情報を得る面接がないまま「抗うつ薬を飲んで休養をとれば治る。」という説明がなされるようであれば医療機関を再考すべきです。
■すでに精神科で治療を続けている場合
① 悪くなったというと薬がどんどん増えるとき
もし患者さんが「具合が悪くなった」あるいは「これまでなかった症状が出た」と言えば、病気が悪くなったか、飲んでいる薬の副作用がでているかなどの可能性を考えるべきです。もし悪くなる前の時期に薬を減らしていれば、薬の量が必要な量以下になっている、もしくは悪くなる前に減らした薬の退薬症状(長期間飲んでいた薬をやめた時に出る症状)で具合が悪くなっている可能性も考えなければなりません。
精神科で注意しなければいけないのは、病気の症状、薬の副作用、薬の退薬症状が似ていて症状だけからは区別しにくい場合がある事です、また、症状が悪化していても、薬を増やすか環境調整など他の対応を考えるかの判断が難しいことがあります。だからこそ、「具合が悪くなったというとそういう検討がなく、薬がどんどん増えるだけ」と感じる場合は一度他の医師の意見を聞いた方がよいと考えます。
② 何種類以上の薬剤は意味がないのか
同系統の薬が3種類以上処方されている場合は他の医師の意見を求める指標になると思いますが、難治性の症状が長期間継続するようなやむを得ない場合も無いとは言えません。このような場合は今の治療が不適切というわけではなく、「他の医師はどう考えるか」という程度の気持ちで意見を求めてみてはどうでしょうか。
③ 長期間の精神療法でも改善しない場合
精神療法は施術者の個人の裁量が大きく、薬剤同様副作用も考慮する必要があります。1年以上行って改善がみられないようであれば、他の医師の診察を受けてみた方がよいでしょう。
病名、治療方針、薬の効果や副作用などの疑問は良く主治医に訪ねてください。適切な治療のためにはそういうやりとりを通した信頼関係が不可欠です。もし医師が説明するのを拒否したり、非常に質問しにくいような雰囲気になるとすれば、他の医師の意見を求めた方がよいでしょう。
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[i]うつ状態とは抑うつ状態と同義です。
[1]うつ状態の原因となりやすい主な身体疾患は以下の通りです。
・内分泌代謝疾患(甲状腺機能障害、副腎皮質機能障害、性腺機能障害、電解質異常(特に低ナトリウム血症))
・中枢神経疾患(パーキンソン病、多発梗塞痴呆、アルツハイマー病、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、脳腫瘍、多発性硬化症、
・その他(膠原病、インフルエンザ、膵炎、膵癌)
[1]うつ状態の原因になりやすい薬剤の例
1.血圧降下薬(レセルピン、α-メチルドパ、β‐ブロッカー)
2.ホルモン製剤(副腎皮質ステロイドホルモン、黄体卵胞混合ホルモン、酢酸ブレセリン)
3.抗腫瘍薬(ヒスタミンH2受容体拮抗薬)
4.抗結核薬(シクロセリン、INH、エチオナミド)
5.抗パーキンソン薬(塩酸アマンダジン、L-DOPA)
6.免疫調整薬(インターフェロン)
7.向精神薬(ハロペリドール)
8. 抗酒薬(ジスルフィラム)