こんにちは、元うつ病ライターの宮原です。今回は、うつ病の治療がすすみ社会復帰が見えてきたタイミングに知っていてもらいたい、試してもらいたい『SST』についてお伝えしたいと思います。
うつ病の症状が軽くなり体調が良くなることは大変喜ばしいことですが、実は当事者の方が不安を感じている場合があることをご存知でしょうか?
例えば、社会復帰したとしても今後また起こり得るであろう、うつ病に至ったときのようなストレスを抱える状況を想像したとき、病気が再発しないように「今度こそ自分がどう対応するべきか」「どうすれば良いのか」をまだ具体的にイメージできていないことに気付いてしまい、不安が募ります。
また、もしイメージはできているつもりでも、「いざそのとき行動に移せるのか?」といった不安要素を心の隅っこに抱えてしまっている場合もあるでしょう。
そんな不安な気持ちを払拭するためにも「次こそは上手に対応しよう!」と意気込みたいところですが、もともと企業に属していた方であれば、「ダメになってしまった会社員時代の自分」「うつ病にまで追い込んだ企業(=社会)」という負の認識・イメージが未だに上書きできず強く残ったままだと、恐怖心から社会復帰を躊躇してしまう場合もあります。
そのような場合、不安を抱えながら一気に社会復帰をするのではなく、少しずつ不安感を解消するステップを踏むことでスムーズに社会復帰することができます。そのステップの1つが『SST(Social Skills Trainingの略称)』と呼ばれ、日本語訳では「社会生活技能訓練」といわれているものです。これにより当事者の抱える不安を解消し、自信を取り戻してもらうきっかけになります。
うつ病などにより休職した方を対象とした復職(リワーク)支援の現場でもプログラムに取り入れられている、このSST。うつ病当事者の方だけでなく、ご家族など身近な方にも協力してもらえる内容でしたので、ぜひご覧下さい。
<「SST」とはなにか、精神保健福祉士の方に教えてもらいました>
まずは、精神医療・福祉の現場で活躍されている精神保健福祉士の方に、SSTとは何なのか伺いましたのでご覧下さい。
Q1.『SST』とは何なのでしょうか?
A.生活技能訓練(Social Skills Training; SST)のことで、対人関係や社会的場面でつまずいた時に、どうしたらよかったのか、次はどうしようか等をスタッフと一緒に考え、練習して、対応方法の準備をします。利用者が対応技術を身に付ける、また利用できる対応方法を増やしていくことが目標です。
Q2.リワークプログラムなど復職に向けた準備段階で、なぜSSTが取り入れられているのでしょうか?
A.薬物療法や精神療法等で症状が改善されると次は復職の準備となります。でも、復帰といっても、服薬管理や生活のリズムは整っているか、外出先で過ごす体力は回復しているか、など個人の生活の中で再発予防から始まって社会的場面での適応能力を上げていくことでスムーズな復帰へ繋がり維持されると考えられるからです。
Q3.うつ病の方の体調が良くなってきて復帰の兆しが見えてきたら、周囲の人はSSTを強く勧めた方が良いのでしょうか?
A.リハビリも治療の一環なのでSSTを利用するかどうかは主治医と相談の上、進めていくことになりますし、本人の同意があって導入されるものです。医師との相談がとても重要です。
<例えばこんな場面、あなたならどう対応しますか?>
さて、SSTは「対人関係や社会的場面」での「対応技術を身に付ける、また利用できる対応方法を増やしていく」ものという説明がありましたが、実際のプログラムには些細な日常生活または会社員として職場で誰しもに起こるシーンなど、幅広いケースが取り上げられるようです。
具体的には次のようなケースが例題としてなり得ますので、「自分だったら、咄嗟にどんな反応をするか」をイメージしながらご覧ください。
1:あなたはインフルエンザのために5日間の欠勤をしてしまいました。同僚に急遽シフト変更対応もしてもらい、体調が良くなり勤め先にいきました。事務所に入ると、みんなの顔が見えました。あなたなら、この続きでどういった言動をとりますか。
2:あなたは不動産販売会社の営業職です。朝礼時、課長にその日の営業活動エリアを指示されました。3箇所くらい言われたようですが、とても早口だったため、よく聞き取れませんでした。朝礼後、あなたならどう行動しますか。
3:異動したばかりの新しい職場での飲み会に少し遅れて参加した際、先に盛り上がっている同僚の会話にうまく入りたいと思った場合、どうしますか。
4:友達が欲しくないお菓子をくれた時、どうしますか。
5:友達から興味のないイベントや行きたくない旅行に誘われた時、どうしますか。
いかがでしょうか?頭のなかでパッと状況を思い浮かべると、人によっては対応に悩んでしまうような苦手なシーンもあるでしょうし、また対応の仕方も人によって様々な場合がありそうですね。僕なんかは、基本的に即答することが苦手なので、どれも「(うわぁ…)」と思いながらうーん、うーんと考え込んでしまいがちです。
精神保健福祉士の方のご説明にもあった通りSSTを通して、会社に限らず普段の生活で起こりうる対応に困るシーンを切り取り、対応方法を「考え」「練習して」「対応技術を身に付け」「増やしていくこと」を目指していくのですね。
<「うつ病じゃなくなった」=「元通り」ではない>
なぜ今回SSTについて取り上げようと思ったのか。僕自身、うつ病の治療でおよそ1年半の期間を休職していた時期がありまして、その当時の体験と絡めてお伝えしたいと思います。
治療に専念したことでうつ病の症状が落ち着いてきて体調が安定してきますと(この状態を「寛解(かんかい)」と呼びます)、うつ病だった本人も周囲の人もいよいよ社会復帰を意識するでしょう。喜ぶべき社会復帰ですが、当時の僕はとても不安を感じていました。なぜなら、うつ病による心身の不調からは回復しましたが、それはあくまでもマイナスからゼロに戻っただけ。なので、またすぐコロッと具合が悪くなるのでは?という不安感を持っていました。
うつ病を体験したことで、それまで知らなかったうつ病という精神疾患のことを多少は実感として理解できるようになり、また、以前よりも自分のメンタルの変化を強く意識する習慣がついた点は、ある意味成長したと思っています。しかし、わかりやすく「ストレス耐性がグーンと強くなった」「メンタルの質がガラッと変わった」など、ゲームでいうとパラメータというか能力値が成長したわけではありません。
僕は僕のまま、本質的には当然大きく変わった点はありません。つまり、自分の苦手な状況に陥りストレスフルな状況に陥ればまた抑うつ的な状態になり、その先でまたうつ病になってしまうのでは?という悶々とした不安感があったのです。冒頭の、社会復帰を目前にしての不安感の例えは、まさにこの当時の僕が感じていたことでした。
ご存知の方も多いと思いますが、うつ病は画一的なものではありません。様々な立場の方が、人それぞれの経緯で発症し、ランダムな症状と戦いながら治療を進めています。
なので、必ずしも僕が当時感じたような不安を抱くとは言えませんが、今回ご紹介した「SST」や、それを実際に体験できる「リワーク施設・リワークプログラム」という存在を全く知らずに不安を感じていた当時の僕のような方に、解消するための選択肢のひとつとしてお届けしたいと思った次第です。
<ご家族の、身近な方とのコミュニケーションのひとつとして>
今回はSSTについての簡単なご紹介だけとなってしまいましたが、ご興味や必要性を感じられましたら、担当医との相談に並行しながら、まずはお近くで実施している医療機関や復職支援施設などがないか調べて頂き、または実際にお問い合わせしてみてください。
もちろん、金銭面やその他の理由でプログラムを受けられないという方も当然いらっしゃるでしょう。その場合は、日常生活のなかで人との関わりを観察し些細なシーンを切り取って、「どういった対応を自分だったらするか」「それ以外に、他にはどんな対応が考えられるか」といったことを、ご家族や身近にいる方と会話を重ねてもらえばと思います。
復職を具体的に考えられる時期ということで最もうつ病に苦しんだ時期より体調の方も良くなり、会話などコミュニケーションが取れる時間も増えているかと思います。当事者の方も、または身近にいる方も、ゆっくりと前を見るための準備として、そんなお話をしてみてはいかがでしょうか。

<執筆者プロフィール>
宮原直孝
一般社団法人いっぱんじん連合 代表理事
1984年 長野生まれ。
会社員時代の09年 7月頃〜11年1月頃までうつ病により休職、その後退職。
転職活動がうまくいかない現実逃避から何となく勢いで当法人を設立。
現在はヘラヘラしながら、
・深夜に都内を集団で歩く「深夜徘徊イベント」
・ただダラダラとダベるだけの「ダベPartner活動」
・出来る事であれば何でもする「代表デリバリーサービス 〜心が弱った時に、都合の良い男〜」
などを行う。
抱えている柴犬は、よく出来ていますが木彫りです。